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シューナは「いっしょに事を始めよう」というという小国地方の言葉です。

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オープンカフェの誕生
                       小国ツーリズム協会 協会長 宮崎暢俊

 整備を終えた【富くじ六花園】へ行って見ました。素晴らしい秋晴れの日で、ここでビールが荷みたい。ビアガーデン、いや名称はオープンカフェでなけりゃ。季節は冬へ向かう、いいではないか、湧蓋山(わいたさん)からの吹き下ろしの冷たい風を肌で感じながら、熱いエスプレッソをすする。ボブソンのジーンズにナイキのスニーカー。そして、L・Lビーンのコットンのコート。マフラーはプレゼントされたお気に入りのカシミア、カラーはオレンジ。「天始仁」(てんしびと)の焼きたてのパンもお気に入りだ。
 
せせらぎをききながら、目を閉じると、四季折々の風景が思い浮かぶ。春になると木々も緑の葉を繁らせ、広い芝生も力強く根を張り、緑のジュータンとなる。谷間にウグイスの鳴き声が響き渡る。夏の明るい日差しの中で、川遊びする子どもたちの賑やかな声。秋には、水源にある大ケヤキの落葉が風に舞い音楽を奏で、川面一面に色鮮やかに落ち葉が流れている。
 四季を通じて老若男女が訪れる公園になってほしい。



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宮原小国町中心街
見どころガイド




小国町の中心街を見て歩く
4キロメートル


「道の駅小国」ゆうステーションを貴店に、両神社・小国ドーム・スギトピア公園、町中の端々を結んで回遊すれば、およそ4km歩くことになる。その間のポイントとなるみどころを紹介しよう。
UFO!?

「道の駅小国」ゆうステーション

 元国鉄宮原線肥後小国駅跡にミラーガラスを外周に用い、小国杉のトラス工法で、逆円錐台形の建物が昭和六十二年(1987)に出現した。「道の駅小国」ゆうステーションという。
 小国人が鉄道の会議に参加したのは明治二十六年の事だった。それから大正時代にかけて、先人や北里柴三郎博士の努力で、昭和二十九年、念願の貴社が小国駅に姿をみせた。昭和十二年から十五年ごろの線路建設に際し架けられたコンクリートアーチ橋には、資材不足のため竹が使われた。
 竹筋コンクリート製の鉄道橋梁群は、全国で3ヶ所といわれている。旧国鉄宮原線に架かる7つの竹筋橋は、平成十六年三月に国の登録有形文化財になった。
 先人たちの努力の結晶だった宮原線も自動車の波には勝てず昭和五十九年に廃線。現在、バスターミナルや小国の観光・特産・温泉場の情報発信スポットとして、来町者が必ず足を止める場所になっている

道の駅ゆうステーション
新しい木材の利用法、立体トラスト工法。黒っぽい外観は、216枚の特殊ミラーガラスで覆われている。

組み木の天井におどろく
 小国ドーム


 小国町の木造建築群の中で最も代表的な一つ。昭和六十三年(1988)、天井部分に小国杉小径木五六〇二本を使用した木造トラス工法、屋根はステンレス張りでドーム状に建てられている。
 設計者は「道の駅小国」ゆうステーションと同じ葉祥栄氏。建築基準芳情の様々な問題をクリアしての建設に三年を要した。
 小さな町の大きな木造ドームとして、スポーツやコンサート、各種イベントに利用されている。
5602本の木組みの天井は圧巻

堂々とした鎮守の杜
小国両神社


 阿蘇神社の主祭神健盤龍命の孫神、火の宮・高橋の宮とその母神雨宮を主祭神としている。
 キリシタン大名大友宗麟の重臣田原紹忍や四国大洲城主戸田民部らに焼き討ちされたが、江戸時代に入り、門前に家並みができるようになり、元禄二年(1689)神殿も再築された。
 幕末、幕府や全国各藩では財政が厳しくなると領内の寺院で「富くじ」が始められた。この小国郷でも藩の許し(富講御免)を得て文政元年(1818)、「富くじ」始められ十年間に76回も興業された。

秋の大祭・9月の市
(10/16〜18)は、一大行事

モコモコト砂が踊る、心も躍る
 
ケヤキ水源と水神様と富くじ六花園


 小国郷の地下は、阿蘇溶岩が50メートルの厚さある。その下を北外輪山や久住の伏流水が流れ、川沿いの溶岩の割れ目から清水が湧き出している。町内で最も湧水量の多いのがケヤキ水源辺りである。
 昔、富くじが行われていた頃、当たった人の日課が、ここの水神様と神社にお参りしていた。お礼に悪路だったこの辺りに石畳を敷き感謝されたという。
 ケヤキ水源で手を洗って水神様に自然への感謝を祈り、小国両神社で当たりを祈願し、鏡が池の恵比寿様に三億円をお願いして、宝くじを買うというコースがある。富くじ六花園という公園もあり、ゆっくりできる。

けやき水源と水神様

川の音、小鳥のさえずりが心地いい

悲恋の物語
 鏡ヶ池


 貴族文化が栄えた平安時代のこの小国郷に貴人の恋の物語が残っている。
 醍醐天皇の孫娘小松女院は、清少納言の兄清原正高公と御所で恋に落ちられた。お小作と臣下の恋に、帝の怒りを受けることなり二人は都から、正高は豊後の国、小松女院は因幡の国と離される、恋い慕う小松女院は、侍女11人を従え、正高公探しの流浪漂泊の旅に出た。途中、祠のあるこの池に来られ、願いを込めて鏡を投げ入れた。一行が次に宿した下城では随行の乳母が亡くなり、墓標しとして植えられたのが国指定天然記念物の「下城の大イチョウ」という。その後の足取りは大分県玖珠の地で正高公に妻のある事を知り、絶望のあまり三日月滝に身を投じられた。
 肌身離さぬ鏡は、女の宝。それを惜しげもなく池に投じて、恋人との再会を祈った姫と侍従の美しい心をいつまでも伝えたい。

千年の恋でも語らいますか

天然記念物よ永遠に・・・
あみだ杉の館


 江戸時代、社会の安定につれ小国両神社門前にも商家が並ぶようになった。金融のはしりとして積立て講が始められ、恵比寿講と呼ばれた。
(シンボルの恵比寿様は鏡が池の場所に祀られている。)
 恵比寿講は、明治26年に発足した小国銀行と発展した。
 その後内牧・高森・久住に支店を持ち、県北の有力な銀行となったが、太平洋戦争が激しくなり経済統制で他の銀行と合併、肥後銀行小国支店となった。
 この建物は、昭和9年に建てられた物でモダンな建物として目を引き、平成12年まで小国郷の中心金融機関として利用された。
 銀行移転後は、阿弥陀杉のモニュメントホールとして他用途に使われている。ホール中央の常設展示モニュメントは、平成11年の台風18号で倒れた黒渕の「阿弥陀杉」(国指定天然記念物)の一部をつかった彫刻家豊福知徳氏によるもの。

たてとよこの構造(高さ4.5m)

小国を統治していた 城山

 南北朝時代、武家の政治か天皇の政治家と争われた戦いで、一時九州に逃れた武家方の将足利尊は、九州を傘下におさめたいと、天皇方だった阿蘇氏の支配下にあった小国郷に延元元年(1340)に軍勢を送った。小国郷の武士たちは、阿蘇大宮司惟澄の下に城を築き、これに迎えを討って破った。
 豊臣秀吉の九州平定後、加藤清正は、重臣の吉村橘左衛門は、城山の城跡に館を建て小国を治めた。城山の下に家臣を住まわせた事から「殿町」の小字名が残っている。
江戸時代中頃、小国郷からも伊勢神宮へお陰参りが増えると宮原村の床屋三左衛門が有志と伊勢皇大神を迎え祀った。また、石の階段脇には小国八十八ヶ所の十一番札所お薬師様が祀られている。

大橋際から見える城山

芝居小屋から映画館 雄国会館

 娯楽の少ない小国郷の人たちに芝居小屋を作ろうと、明治の終わりに地元有力者北里雄平氏が芝居小屋「雄国座」を建てた。当時、地方の芝居小屋として有名な筑豊の嘉穂劇場、山鹿の八千代座に負けない立派なものだったが、昭和14年の火災で全焼。
 現在の建物は、勝久吉氏によって、昭和22年に「雄国館」として再建された。当時の名残りとして舞台下には人力による回り舞台の仕掛けが残っている。

今では文化ホール的存在

崇先尊租/
慈聚庵と弘法大師


 江戸時代初期まで、大友・加藤氏などの没落で多くの武士が小国に移り住んできた。その土着した武士の一人は、野に果てた先祖のために四つの祠を創り菩提を弔った。その後、子孫達が遠方からも訪れ先祖供養のために作ったのが、今に残る十三仏やお大師様。(四種庵はなまったもの)
 この弘法大師像は小国郷に残る最も大きな石像で、長く信仰され香煙の絶えることがなかったという。
 ここには小国八十八ケ所の八番札所観世音菩薩が祀られている。
 4月22日・8月21日・11月18日の年3回、お接待がある。

香煙や花が絶えない

小国の天恵風光を詠む 高浜虚子と笹原庭

 小国郷には江戸時代から頼山陽・広瀬淡窓をはじめ多くの文化人が訪れた。明治に入り、北里柴三郎博士を筆頭に北里蘭など学者・文人を生み出し、県下でも小国郷の文学は水準が高いといわれた。
 明治、大正、昭和と小国俳諧は連綿と続き、敗戦後の混乱期にも小国俳諧の中心的存在だった笹原芳介(俳号耕春)氏が、高浜虚子や高弟の高野素十を招いた。
 この庭は、小国の代表的な旧家である笹原芳介氏が小国俳諧のために、昭和54年ごろ、国史跡庭園修復に定評のあった平岡繁夫氏を招き、山採りの朴・檪などを取り入れた回遊式庭園とした。
 この庭園内と小国両神社境内に高浜虚子の句碑がある。


説明板横の石が句碑

手足の治癒祈願 
足手荒神


 手足の衰えは21世紀の病気といわれる。この足手荒神は手足の神様といわれ、病気治癒祈願の足形・手形の板は耐える事がない。
 江戸時代、細川藩の御用石工だった宮原の下城徳松が、手足の神様として有名な嘉島の足手荒神を迎え祀った。手足の病気に罹った人が手や足の形どった板に性別年齢を書いて病気治癒を祈願するといつか直っているという。

小国郵便局前の崖の
わずかなスペースにある
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坂本善三美術館情報
開館10周年記念
阿蘇・久住の風景

〜坂本善三・安野光雅・田中稔之〜

平成16年12月8日(水)〜平成17年2月13日(日)
【お問合せ先】坂本善三美術館
    〒869-2503  熊本県阿蘇郡小国町黒渕2877
             TEL0967-46-5732

坂本善三「青の阿蘇」

安野光雅「坂本橋より)

田中稔之「根子岳」
 世界の観光客を魅了する阿蘇・久住の山々。小国に住んでいると身近な景色ではあるのですが、何度見てもそのスケールと迫力には圧倒されます。その風景に画家達が虜にならないはずがありません。
 坂本善三が深く愛し、繰り返し描いた阿蘇・久住の風景のために描いた作品とともに、すがすがしい阿蘇の空気の中でご覧下さい。

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冬休みおぐに自然学校
     はじまるよ!


 今年の冬も短期・長期2本の自然学校を開催します。寒くても冬の自然を楽しむ方法はもりだくさん!
 あんなこと、こんなこと、自然学校での始めての体験をしてみませんか?

◎子ども自然王国(短期)
  日 時/12月18日(土)午後1時集合〜19日(日)午後3時解散(予定)一泊二日
  場 所/木魂館 小国町北里
  対 象/小学4年生〜中学3年生の男女 20名程度
  内 容/温泉探検隊・味噌作り・しめ縄作り・鶏しめ体験・年越しそば作りなど
  参加費/36,000円
  問合せ/小国町教育委員会
  TEL  0967-46-3317 

マニアらに熱い視線!

旧国鉄宮原線跡地再活用

 平成16年、小国町は鉄道廃止から20年(開通から50年)の節目を迎える。
 平成15年度より地域住民などで構成された旧国鉄宮原線跡地再活用検討委員会が主体となり、線路跡地の有効活用を模索し、ワークショップなどで、跡地の一部の肥後小国〜北里間(約4.1km)を散策路として整備する提案を行った。
 現在、その延長部分の北里〜麻生釣間(約7.7km)も同様の計画を検討中。
 宮原線にある7つのコンクリート橋は、平成16年3月に国登録有形文化財(文化庁)になり、専門家グループによる内部調査分析がおこなわれている。
 ワークショップでは現存するアーチ橋梁群のビューポイント(眺めのいい所)の調査を行い、近代遺産としての鉄道遺構を新しい地域資源に活用する提案をしている。
 すでに廃線後マニアによる「探検ツアー」や「線路跡を歩こうツアー」も始まっており、往時のトンネルや橋梁群などに興味を注がれている。


汐井川橋梁と堂山橋梁と湧蓋山

菅迫橋梁は杉林の中で道路から見えない

カーブしている廣平橋梁(中尾)

橋梁に取り付けられたプレート
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杖立温泉正月行事 
      どんどや火祭り

◆平成17年1月14日(金)午後7時〜
◆受付 多目的広場(杖立発電所下ル)
 その年の無病息災を祈願したお祭。杖立温泉ならではのお祓い法として、温泉をかける「湯かけ神事」を行います。その温泉が身体にかかると一年間健康であるといわれています。
 無料で振舞われるカッポ酒とぜんざいは、凍えそうな夜に最高の贈り物です。餅つき体験もできますよぉ〜。是非ご家族でお出かけ下さい。


わいた山麓温泉郷の名物料理
地鶏の地獄蒸し

 元祖は、創業170年を迎える、はげの湯温泉の旅館「まつや」。地鶏の余分な油を地獄(地熱で吹き出る蒸気)の熱でおとした、ヘルシーな食材。
 地鶏を丸ごと一羽、吹き出る蒸気で2時間差し上げ骨まで柔らかくなった時点で、地鶏のお腹に具財を詰めます。表面に秘伝のタレを塗り、油でカラリと揚げる。
 各旅館でこだわりのタレが違います。味比べしてください。

地熱の蒸気が出ているむし場

自家製ポン酢でいただく
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地域通貨「ゆう」だより

ボランティア
  情報交換板を設置
NPO法人、地域通貨杉っ子運営会は、ボランティア情報を広く伝えるため、後記の事業所に協力を得て情報交換板を設置することになった。
 ボランティアできること、してもらいたいこと、不用品のリサイクル情報など、福祉支援活動を地域通貨「ゆう」で単価表示する。
 また、ゆうステーションで1ゆう=50円として使えるようになった。
 【活用方法】
 @設置場所の指定用紙に必要事項を記入し、掲示する(後記の設置場所)
  〔ピンク色の用紙〕ボランティアできる事交換したい物
  〔黄色の用紙〕  ボランティアしてほしい事・ほしい物
 A希望する情報提供があれば連絡を取り合う。
 B成立後、速やかに用紙を外す。
 C地域通貨「ゆう」を媒介(なかだち)にして、ボランティアや物を交換する。
  【設置場所】
   ゆうステーション・ゆめおぐに・小国公立病院・小国郵便局・小国町役場
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中心市街地活性化法と
     ゆうステーションカンパニー
         (おぐにティー・エム・オー)

 街の中心部である(中心市街地)。その活性化を目的とした法律が平成十年(1998年)に施行された。商店街を中心とした町づくりの推進役「タウンマネジメント機構」(TMO)の活動について規定している。
 今まで、さまざまな活性化施策が立案されたが、行政サイド、住民サイド、商店街サイドと主体が分かれており、個別的に施策が推進されていた。この法案は、これらの諸施策をTMOによって一体的に推進しようとするもの。
 小国町は、「悠木の里づくり」を基本方向として、まちづくりを推進してきた中で、同胞の適用の必要性を考え、平成11年3月に基本構想計画を策定した。地域住民の意見を把握し、TMOとの整合性化策を検討し、「自分たちの町は自分たちでつくる」ことをコンセプトとし、平成16年6月、新たに「ゆうステーションカンパニー」をつくり、事業を推進することを目的とした。
 【主要事業】 
★町づくり活性化事業
    宮原商店街
    杖立温泉街

   わいた山麓温泉地
★ゆうステーション事業
    あみだ杉の館
★小国ネットワークビューロー
    地産池消事業
    旧国鉄宮原線跡地事業
    ネットワーク事業
★ツーリズム協会
    情報誌(シューナ)発行
    町外イベント開催
    人材バンク事業

   
12月イベント情報

 片岡鶴太郎の織と染展 開催
  12月22日(水)〜27日(月)
  あみだ杉の館
  開館時間/午前10時〜
  午後6時(最終日5時) 
 

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